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音楽センターから

山本忠生が選ぶうたごえのライブシーン
歌わずにはいられない


というCDが発売になりました
http://www.ongakucenter.co.jp/SHOP/CCD920.html

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この中に昨年の日本のうたごえ祭典"復興を希う音楽会"で歌った
この町でを歌う合唱団の「この町で」が収録されています

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うたごえの歌は
泥臭くて、洗練されてはいないかもしれないけど、
生きて行くということの当たり前の日常を切り取った温かい歌です
闘いの中で生まれた激しい曲も、戦争の悲惨さを歌った辛くて重い曲もあるけれど
生きているだけで素晴らしいことなんだ
という思いにあふれています


わたしが高校一年のときからうたごえの歌を歌い続けているのは
そんな魅力があるからだと思います

そうしたたくさんの名曲の中から、
忠やんこと山本忠生さんが「この町で」を選んでくださったことに感激しています

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こちらこそありがとうございます

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2015.07.07 6/14ひと区切り
宮城県母親大会in岩沼で、「この町で」を歌う合唱団と共に
1000席が埋まった中で「この町で」を歌いました
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午前のうたごえ分科会で「この町で」の歌唱指導の時間をいただいたので
午後の本番では一緒に歌ってくださった方も多かったと思います
そして、
「一緒に歌いたい方はぜひステージへ」
というアナウンスもあり、何人かの方がステージへ
その中に大阪から来てくださっていたHさんの姿も!

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 [Hさんからの黄色いハンカチ2014年]

去年の日うたinみやぎにも来てくださったHさんは
福島や宮城の被災地を定期的に年に何度か来てご支援くださっているのです


歌うパートの関係で並んで歌うことはできませんでしたが
会場の方へのアナウンスがなければこうした機会もなかったでしょう
主催者の方の嬉しいご配慮に感謝でした

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「歌いたい」といって合唱団に参加し練習に励んでくださった人たち
組織作りに尽力してくれたどらごえサークルのみんなへ
震災後からのたくさんの方の献身的な活動
忘れてはいけない今も続くあの日の悲しみや胸の痛み

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「この町で」を歌う合唱団として最後の発表の場になるだろうという
短いながらも大切な時間を、
様々な想いを、
かみしめて歌いました

合唱団の皆さんからは、
母親大会そのものへの参加が有意義であったことと、
合唱が楽しかったと言っていただきました

約1年の合唱団の取り組みもこれでひと区切り
肩の荷が降りた安堵感と達成感で満たされています

6月14日(日)岩沼市民会館ほかを会場に、第55回宮城県母親大会が開催されます
20150614母親大会

9時30分からの分科会にはさまざまな分野のことが学べる16の分科会があります
20150614分科会

参加料700円
どなたでも参加出来ます

13時からの全体会では、憲法噺で有名な八法亭みややっこさんこと、
飯田美弥子弁護士による記念講演があります

全体会のオープニングでは
「この町で」を歌う合唱団による「この町で」を作り隊の伴奏で歌います
この町合唱団としては、今回が最後の演奏になるかもしれません…。


母親大会とは
1954年のビキニ環礁での水爆実験によって3度目の被爆に母親たちは怒り、
平塚らいてうさんら5人は全世界に向け、水爆禁止の訴えを送り、
1955年スイスのローザンヌで世界母親大会の開催が決まりました。
それに先立ち、第1回日本母親大会が東京で開かれ、炭鉱や農村、漁村、
山村と日本の各地から1円募金などで送り出された2千人の母親たちが
集まりました。世界大会にはあらゆる分野から代表を選び、14人が参加
しました。幅広い母親運動の出発点です。

 世界母親大会に寄せられたギリシャの詩人ペリディス夫人の詩の一節
「生命(いのち)を生みだす母親は 生命を育て 生命を守ることをのぞみます」
は今日まですべての母親・女性の心をとらえ、連帯のスローガンになっています。

厳しい情勢のときだからこそ、
みんなで語り、学び、明るい未来をきりひらく力にしていきましょう



各地で追悼行事が催された3月11日でした

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あの日、避難した坂元公民館でラジオからの断片的な情報に、眠れない夜を過ごした夜…。
でも辛い現実を受け止めなければならなかったのは次の日の朝でした
目の前で起こっていることと、断片的な情報の点が、
町全体、東北から関東までの線としてつながり、その被害の大きさに信じられない思いでした

悪い夢を見ているんだと、何度思ったことでしょう
明日になったら全部夢だった、そうであって欲しいと何度願ったことでしょう

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4年経っても涙がこぼれる
亡くなった人たちに
亡くなった人を思う人たちに
生きている意味を問いかける人たちに
あの時の後悔とあの日からの自責に
温かいたくさんの人の心と支援に

忘れない3月11日
忘れられない3月12日


出来ることをこれからも
心を込めて
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2015年3月11日(水) 東日本大震災四周年山元町追悼式

今年も「この町で」を歌わせていただきます

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会場 山元町立山下中学校
14時30分開式
(1)国主催の追悼式放映(黙とう・内閣総理大臣式辞・天皇陛下のおことば)
(2)町長式辞
(3)追悼の辞
(4)献花
(5)希望の歌「この町で」
(6)山元町町民歌合唱

○式典は、無宗教・献花方式で執り行います。
○当日は、どなたでも参列できます。
○香料、供花、供物等は、ご遠慮ください。
○駐車場には限りがありますので、お乗り合わせでのご来場にご協力をお願いします。
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昨年の追悼式で
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