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いちご新聞は 山元町震災復興土曜日の会 が発行している新聞です
12/1発行の第18号に坂元ダイスキ鎮魂祭のことを寄稿させていただきました

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納めの鎮魂祭を終えて

 青い海と緑の松林、坂元駅への県道と平行して流れる坂元川、
その両脇の田んぼには夏は緑の絨毯、秋には黄金色の稲穂の絨毯になる坂元の風景が大好きでした。
その長閑で穏やかだった坂元の地が、たくさんの人をのみこみ、
荒々しく傷ついたままの姿を見るにつけ、何かしたい、しなければと思ったのは、
三年前の夏の終わりでした。
田んぼや畑の復旧が進む前に、ここで、この場所で何かしなければ、今しなければと。

その「何か」が、花火を上げることが出来たら空の上にも気持ちが届くのではないか、
日々辛い思いをされている人にも上を向いて少しでも笑って貰えるのではないかという
具体的なものになっていきました。
そして、津波の犠牲になられた方の中には、中浜小で神楽を、
坂元小で子どもおけさを指導してくださっていた方がいました。
その方たちに今までのお礼を込めて神楽や、子どもおけさを披露したいという
子どもたちの声もまた後押しになりました。

あの日のことを忘れない、
亡くなった人たちを忘れない、
故郷の地に感謝したい、
残された人の悲しみに寄り添いたい、
もう一度会いたい、
神楽が見えましたか、鳴子は聞こえましたか、
ご支援いただいた人にありがとうを、元気でいることを、
生かされた者として出来ることを・・・
私たちの「ここにいるよ」という想いを込めたメッセージ花火に、
空の上からは「ここにいるよ」と涙雨で応えてくれた一年目と二年目の鎮魂祭でした。

 今年は台風が近づき、直前まで花火の打ち上げが危ぶまれた中、
開催を願う人たちの思いと、空の上からのみんなに会いたいという想いが奇跡を呼んだのでしょう。
雨も上がり、風もなく、星が瞬く夜空に打ち上げられたメッセージ花火に、
安心して納めに出来ると思いました。

 三年前、花火を上げることを決めて走り出したあとで、数々の難題を知ることとなり、
その度にどれほどの人に協力してもらい、助けてもらったことでしょう。
当日はもちろん、前日から調理にあたってくださった婦人部隊の皆さん、
消防団の皆さんと百人近い当日のスタッフがいなければ開催出来ませんでした。
そして当日おいでくださった皆さん、同じ時間を共有していただきありがとうございました。

 鎮魂祭は納めといたしますが、また違う形で鎮魂の会を催すことを考えたいと思っています。
私たちの「この町が好きだ」という思いをいつか子どもたちが繋いでくれることを願って結びといたします。
ありがとうございました。
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今回の坂元ダイスキ鎮魂祭を
全編にわたっての収録と写真撮影してくださった 思い出サルベージの皆さん、
3時間に渡る動画を編集してくださった 佐藤カツノリさん
リアルタイム配信が出来ないかというわたしのお願いに
最後まで奮闘してくださった 内山太史さん
ありがとうございました!!
この町に生きるひとたちの想いを 姿を ぜひご覧ください
 坂元ダイスキ鎮魂祭2013 part1~part5

s-0195_original.jpg 写真提供 思い出サルベージ
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